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約束の大地

私自身は顯進様が摂理的長子であられると確信しています。 しかし、顯進様お一人ではなく、神様を中心として真の家庭の四位基台がなされてこそ実体的天一国の出発を成すことができます。 真の家庭理想の復活のために、祈りを込めて書きたいと思います。

2008年は「禧年」とならず、「摂理的クーデター」の年になった。

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2008年は「禧年」とならず、「摂理的クーデター」の年になった。

前回は顯進様が2008年3月にお父様に差し上げた手紙の内容から冒頭部分と結びの部分を紹介しました。今回は前回引用した手紙の内容に、私なりにコメントを加えさせていただきます。顯進様のみ言は青字です。

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「今、ご父母様は、将来を見渡されながら、私達の前には、数十年間積み上げられた血と汗と涙の結実があると共に、新しい挑戦が待っていることを認識しておられることと思います。…(中略)…今、最も重要なことは、私たちの運動全体が神様の神聖な摂理目標と方向に焦点をあわせることです。これは今後5年間のためではなく、One Family Under Godの夢を完全に実現する未来のためなのです。…(中略)…私たちは今、重大な岐路に立っています。摂理の未来は、今私たちの運動がどのような方向をとるかにかかっていると言っても過言ではありません。」

 

大地:「私たちの運動がどのような方向をとるか」と語られていますが、これは荒野時代を終えて定着時代に入り、一個の宗教団体の枠組みを超えて行けるかどうか、そのパラダイムの転換を成せるかどうか、ということをお話されていると思います。宗教の限界は最終的には自らの教勢拡大や、独善的教派主義などのエゴが出てくることです。そこから家庭に基盤をおいた普遍的で超宗教超国家的な人類救済を成就できるかどうかということを、「新しい挑戦」と表現されていると思います。

 

「お父様、2006年にお父様は、今後3年間がどれほど危険で重要な時期であるかを、私に語ってくださいました。まさに2007年と2008年と2009年です。私もやはり、この時期の重大さを感じており、早くすべての基盤を確立し、摂理の方向に正しくアライン(一致)させておかねばならないということに苦心してきました。もしそのようにさえできたなら、私たちは、摂理的目標である神様の国建設と、究極的なアベルUN建設の夢を成し遂げることができるでしょう。しかし、ここで挫折すれば、私たちは一つの小さい教団として残るか、未だ異端教派の束縛から抜け出すことができないことにもなりかねないでしょう。」

 

大地:2005年はお父様がUPFを創設された年であり、2006年にはお孫様の祝福や、UPFを通して真のご家庭の三代が世界巡回をされました。若い妍進様や情進様もお父様の平和メッセージを代読され、正にお父様は真の家庭を摂理の表舞台に立たせられようとされていました。顯進様も長子として責任を持たれ、多くの講演もされましたし、真の家庭内においてもお孫様を牧会されて祝福まで導いたりもされたようです。

 

2007年は「禧年」と呼ばれましたが、その年には越えられなかったということで、2008年まで運勢を連結して双合七八禧年とされました。これは今から振り返れば、明らかに神様を中心として真の家庭が一つになり、さらにアベルの子女とカインの子女が一つになるための挑戦でした。これを顯進様は危険で重要な時期」と表現されています。一つになることができれば、摂理的な大飛躍が成し遂げられるということです。ところが顯進様がこの手紙を書かれている2008年の時点で摂理的長子を追い出そうという試みが大胆に行われるようになっていました。

 

「私は、私たちの家庭の現実を余りにもよく知っていたために、真の家庭が公的に現れる時、真の家庭に対する信頼の薄さを最も心配していました。しかし、突然、私たちは、全ての欠点を持ったままで、世界の前に現れるようになりました。」

 

「私は、指導者たちの党派的文化と政治的関係が、私たちの家庭を汚染することは、時間の問題であることを知っていました。「類は友を呼ぶ」という言葉と「水は高きより低きに流れる」という言葉のように、私たちの運動内にある境界線が、共通の目的と利害関係を持つ人々によって、私たちの家庭にまでもたらされることを知っていました。私にとってそれは、真の家庭の理想を根本的に壊すものとして、許すことのできないものでした。」

 

大地:今日でこそ「教権勢力」と呼ばれるようになりましたが、当時の私達は統一家の中枢にここまでサタン的な文化が蔓延しているとは知りませんでした。「私たちの運動内にある境界線」とは、神様の摂理とは方向を異にする目的を持った人々が派閥を作って争っていたということでしょう。その境界線が真の家庭内にも持ち込まれたということです。つまり、真の家庭の子女様たちの中にも、神様の摂理の方向性とは違う党派的文化と政治的関係が生じてしまっていたということです。

 

「再び戻ってきた時の状況は、私が想像したよりもずっと難しくなっていました。私はその後、家庭の中ですら、私と私が行っていることに対して、多くの誤解を受けるようになりました。更に、偽りの考えが事実のように形作られ、私が真の家庭に関心を持たないで、強欲にも全てを支配しようとし、周囲に人たちの謀略に振り回されていると攻撃されました。根拠のないでっち上げに私の兄弟たちが同調し、ご父母様さえも心が揺れ、ある時にはそれを認められるような印象を受けた時、私は当惑せざるを得ませんでした。」

 

大地:2008年は、顯進様がアメリカ総会長なのか、それとも仁進様なのか?という騒動があった時です。顯進様の超宗教的平和運動に期待されていたお父様は、顯進様をアメリカ総会長に立てられました。ところが亨進世界会長の公文によって、仁進様が総会長に立てられました。顯進様が二度にわたって確認した際、お父様は、顯進様が総会長、仁進様は祝司長だと仰いました。にも関わらず、亨進様は仁進様を総会長にし続け、國進様はそのことを米国幹部に徹底して廻るということをされたのです。2009年に入って、顯進様がアメリカ総会長を務めているとばかり思っておられるお父様が、顯進様に「アメリカ総会長をしっかり務めよ」という内容を語られたことがあったそうです。驚くべきことに、その場にいたすべての人々は仁進様がアメリカ総会長だということを知っていて、お父様だけが知らなかったのです。

 

当時、「顯進様がアメリカ総会長職に執着して仁進様に譲らない」などというデマがあり、多くの食口がそのデマを信じました。しかし後に、仁進様の問題が明らかになりました。皆様は今でも、顯進様が執着しておられたと信じられるでしょうか。事実は逆だったのではないでしょうか。

 

こうして、禧年」となるべき2008年は、真の家庭内にまで持ち込まれた党派的文化と政治的関係によって、「摂理的クーデター」の年になってしまいました。

 

次回に続きます。

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参考記事:「金容成のブログ」より亨進様と仁進様はお父様の指示を拒否した




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