私自身は顯進様が摂理的長子であられると確信しています。 しかし、顯進様お一人ではなく、神様を中心として真の家庭の四位基台がなされてこそ実体的天一国の出発を成すことができます。 真の家庭理想の復活のために、祈りを込めて書きたいと思います。
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≪顯進様のみ言抜粋≫
私たちには、神様の摂理を成就するという明確な目標があります。CARPは、神様の摂理的使命を代表する青年組織の基盤にならなければなりません。…(中略)…重要なのは組織ではなく、目標です。私が集中と訓練について話すとき、目標こそCARPが絶対に見失ってはいけないものです。もし、これを守れば、私達がどのような人材や資金を持っているかに関係なく、誰よりも早く目標にたどり着くことができるでしょう。私はこのことに、少しの疑いも持っていません。私はすでにこのような事実を何度も経験し、今後も経験するでしょう。
一般的に、最初から最後まで、一貫性を維持すべきことがひとつあります。それは何でしょうか。一つの要素が絶対的なら、もう一つの要素は流動的でなければなりません。…(中略)…絶対的な要素と、一時的で流動的なもう一つの要素が必要です。それぞれどちらが、それに該当するでしょうか。構造(体制)が文化を動かすのでしょうか、それとも文化が構造を動かすのでしょうか。
大抵の組織が、失敗する理由が何かを知っていますか。彼らの組織の中で、構造が文化を動かしているからです。それではこの組織を維持するために、自分たちが信じている全てのものを、変えてしまおうという組織はどうなるでしょうか。…(中略)
最初から明確な目標を持って、その目標をなすために命をかけて行きましょう。そのような基準を、皆さん自身が持っていなければなりません。その他のことは、何でも変わり得るのです。そうすれば、これから10年、20年先になっても、今日設定した基準について話すことができるのです。皆さんは、CARP活動をしていた時、また、CARPのリーダーとして過ごした日々を振り返って、若いCARPメンバーにおそらくこう言うでしょう。「文化が構造を動かすという簡単な内容こそ、CARPのアイデンティティを規定するものである」と。
(『神様の夢の実現』216~218ページ)
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顯進様が2003年にW-CARPの国際教育カンファレンス(IEC)の閉会式で語られたみ言の抜粋です。(7回目)
「文化が構造を動かすべきである」という表現はとても深淵なもので、少し聞いただけでは顯進様の意図することが見えにくいところがあります。
私たちが持つべき目標と文化は神様に根差すべきであり、何よりも神様を中心とする人類一家族世界を実現することが目標であったはずです。そして基元節という目標は本来、その時までに真の家庭を完成させ、神様の国を実体的に地上に実現すると言うことであったはずです。
ところが2000年を迎えた時、統一運動はそれなりに多くのメンバーと組織基盤(つまり構造)を有するようになってきていました。多くの責任者たちが、お父様の業績がそれらの組織や基盤にあるという錯覚から、神様の摂理的目標の達成よりも、組織の維持やその中で高い位置を占めることにあくせくするようになってしまいました。構造が、本来あるべき文化を変質させてしまったと言えると思います。
甚だしくは、神様の摂理と全く関係のない政治的な闘争が真の家庭と統一運動の中で繰り広げられるようになりました。
この統一家の中で、真の家庭を完成させ、人類一家族世界を実現するという目標を一貫して握りしめて歩み続けてくださったのはどなたでしょうか?それなくして、如何なる組織も宗教団体も意味が無いものとなります。
今、心では顯進様が摂理的長子であることが分かりながらも、組織を混乱させることをすまいという方が多くいるようです。しかし、一見重要に見えるその組織は、果たして神様の摂理の前に、そんなに重要なものなのでしょうか?
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≪顯進様のみ言抜粋≫
皆さんの多くは、私が演壇から降りてきて、皆さんと直接話を交わすことを期待していることと思います。そうでしょう。W-CARP本部のスタッフを見て、「ああ、顯進様の近くで働くことができて、良いですね」と言います。誰でもいいので、私の近くで働く人に聞いてみてください。そこが居心地が良いところかどうか。そこは居心地が良いところではありません。なぜなら私と私の下で働いている全ての人に、挑戦的な基準を適用するからです。・・・(中略)・・・あらゆる価値の95パーセントは、このようなリーダーシップ会議や戦略会議で創造されます。これは効率の問題です。・・・(中略)
最小限の動きで、どれくらい遠く、そしてどれくらい速く動くことができるか。そのために、技術が非常に重要になるのであり、訓練と戦略が重要になってくるのです。このように、私達の組織に投入する技術と訓練、そして戦略が必要なのです。・・・(中略)・・・そうしてこそ、皆さんは可能な限りの効率性を生み出すことができるのです。・・・(中略)
戦略は、焦点を当てるべき方向性を与えてくれます。戦略は、ここから目標地点まで行くことができるように教えてくれるのです。
価値のほとんど95%は、リーダーあるいはリーダーシップにアラインした戦略を通して創出される、と言う意味がまさにこれなのです。一つの組織が、現段階で何をするべきかを把握するためには、その組織のメンバーが、現在どのような状態であるかを率直に評価しなければなりません。そしてその時点から、彼らがもっと多くのことができるように、引き上げなければならないのです。彼らが、組織の能力を決定するのです。・・・(中略)・・・私達は、訓練と集中が必要です。そしてその訓練と集中は、コア・バリューによって始まるのです。コア・バリューが正に出発点です。
私たちが、コア・バリューの基準でまず評価すべき第一の対象は、まさにあなた方リーダーです。すなわち、私たちは果たして正しいチームを持っているか評価するのです。統一教会でリーダーとは、年齢に基づいたものでした。・・・(中略)・・・価値の95パーセントがリーダーシップから始まるのであれば、私達が最高のリーダーシップを備えたチームを編成すべきだとは思いませんか。指導者は、コア・バリューを促進する人たちです。・・・(中略)
最高のリーダーが誰であるかということは、皆さんがどのようなレンズを通して見るかによって決まる、と答えるでしょう。私たちにとって、そのレンズはコア・バリューです。コア・バリューのレンズを通して、皆さんはリーダーの資質を検討し、評価することができるのです。コア・バリューは実際、リーダーがどこから始まるかを規定しています。
(『神様の夢の実現』213~216ページ)
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顯進様が2003年にW-CARPの国際教育カンファレンス(IEC)の閉会式で語られたみ言の抜粋です。(6回目)
リーダーは常にコア・バリューの基準に挑戦し、その体現者になる必要がある、ということですね。私も信仰生活が長くなってきましたが、一体どれだけコア・バリューを体現しているかと問われれば、とても恥ずかしい気持ちにならざるを得ません。
今も日々の生活で色々なことをしていますが、今一度、原点に立ち返り、自分自身をコア・バリューの基準で瞬間、瞬間、点検して見なければならないと感じました。
コア・バリューにあまり馴染みのない方の為に、一応、大きな四項目だけ書いておきます。
①より大きな善の為に生きる
②オーナーシップ(主人意識)
③チームワーク
④ドリームビッグ
もしも食口の一人一人に神様の摂理に対するオーナーシップがあるならば、基元節を過ぎたにも関わらず真の家庭がバラバラ、統一家もバラバラ、そして家庭連合は発展ではなく縮小の方向へと向かっていることに強い危機感を抱くはずではないかと思います。
そして、私達は一体、どこで道を間違えてしまったのだろうか?と考えなければならないはずです。しかし「絶対服従」の誤用によってフォロワー(ただ従う人)になるように教育を受け、ほぼ総フォロワー状態になっていることが、摂理の軌道から逸脱してもそのことに気付かず、修正する力が生まれてこない原因になっているのではないでしょうか。
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≪顯進様のみ言抜粋≫
私達の目標は何でしょうか。国を見つけることです。教育は目的に到達するための手段であり、教育自体が目的ではありません。もし、教育にだけ集中して、それを目標にしてしまえば、皆さんは決して、国を探すという目標に到達することはできません。一度目標を設定したら、その目標をなすために、邁進しなければなりません。それは皆さんが寝て、食べて、呼吸する、すなわち人間として行うすべての行動の目標にならなければなりません。すなわち皆さんの関心やエネルギーは、絶対的にその目標に集中しなければならないのです。
訓練!皆さんには訓練が必要です。いったん目標や価値が設定されれば、私達はそれをなすために集中と訓練が必要になります。究極的な目標を達成するためには、すべての焦点をこの目的に合わせなければなりません。従ってコア・バリューは、単純に一貫性やアラインメントを築くためだけに重要なのではなく、目標を絶対的に達成する為に、集中し訓練するためにあるのです。それはW-CARPが常に「どのように国を探すか」を考えていることを意味し、各支部のCARPリーダーが常に、どのようにして自分たちの国を復帰するかを考えていることを意味します。またCARPセンターが常に、どのようにして自分たちの大学を復帰するかを考えていることを意味するのです。すなわち、私達みんなが、教授会や学生自治会、大学当局の教職員を変えることによって、私達の大学が結局、国家復帰をなす基盤にならなければならないことを意味します。・・・(中略)
失敗は勝利と同じくらい、重要な教育的意味を持っています。私達がそれを通して教訓を得ることができ、前進して行くことができるのです。
(『神様の夢の実現』210~211ページ)
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顯進様が2003年にW-CARPの国際教育カンファレンス(IEC)の閉会式で語られたみ言の抜粋です。(5回目) ※前回は2016年11月13日「文化の一貫性によって信頼性を維持する」でした。
今回引用した部分は、顯進様がそれまでの人生の中で様々な試練を乗り越えて目標を達成してこられた証しのようにも感じられました。
子女様たちにとって「地獄」であったというイーストガーデンでの暮らしの中でも真の父母様への孝行を考えられ、二度もオリンピックに出場され、ハーバードでMBAを取得されたのは、普通の人間であれば不可能な道のように思います。
このみ言を語られたのは2003年7月11日でした。その時、すでに私たちは基元節に向かって国を探す12年路程の出発を切っていましたが、お父様と顯進様を除いて、本当の意味で基元節に国を見出すことを自らの絶対的な目標にして歩んでいた者はいなかったのではないかと思います。
多くの責任者が国を探すというゴールではなく、自分の受け持つ部署や組織を今までよりも少しだけマシにするために歩み、同じ統一運動の中でも、機関ごとの利害が衝突するというようなこともありました。
また、目の前の目標を一生懸命に達成しようとする指導者であっても、文化が間違っていたために、コアバリューから外れ、真の愛から外れた方法で目標を達成しようとしたため、たとえ達成したとしても、かえって負の遺産を多く残したこともありました。
私たちはその目標が高く、難しい目標であればある程、コアバリューをより強く実践していく必要があります。
私たちは今一度、コアバリュー(「より大きな善のために生きる」「オーナーシップ」「チームワーク」「ドリームビッグ」)を中心として本当の基元節を捧げるために歩まなければならないと感じます。
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≪顯進様のみ言抜粋≫
コミュニケーションは難しい分野ですが、組織がいつもここにこだわっている理由は、組織が完全な信頼性を維持したいと思っているためです。最初は、皆さんが言うことに拒否感を感じる人がいるかもしれませんが、確固とした決意を示し、それを維持し続ければ、皆さんはその一貫性のために信頼を築くことができるでしょう。・・・(中略)
このように私たちが行っていることは、関係性の構築です。私たちはアベル圏として、カイン圏との関係を築いているのです。この時、私達がどのような人であるのか、よく理解できるように、正しくコミュニケーションをしなければなりません。・・・(中略)
カルチュラル・アラインメント(文化の一致)を築き、コミュニケーションを拡大するための持続的努力をすることが、私たちが前進して行くための最善の方法です。それは世の中が、私たちに対して持っている偏見を取り除いてくれるでしょうし、私たちにそれを拡大するために、より多くの機会をもたらすことになるでしょう。・・・(中略)
組織の外部の人がCARPは何故、語っている内容がこうも変わるのかと感じたら、その人たちはCARPのアイデンティティーを明確に知るよりも、非常にいらいらし混乱するとは思いませんか。・・・(中略)
コア・バリューの役割は何でしょうか。それは私たちがいかなる者であり、私達が何を代弁し、私達の考えが何であるかを明確にするものです。・・・(中略)
今や皆さんが現場でコア・バリューを具体化しなければなりません。そうすれば、コア・バリューというレンズを通してすべての物事を見つめ、皆さんが行う全ての行動が、コア・バリューにアラインしているかをモニタリングできるようになるのです。その過程で何が起こりますか。私達自身が主張し信じていることの生きた実体になることによって、メッセージに一貫性が確立され、優れたコミュニケーションの土台が築かれるのです。
(『神様の夢の実現』208~210ページ)
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顯進様が2003年にW-CARPの国際教育カンファレンス(IEC)の閉会式で語られたみ言の抜粋です。(4回目)
統一運動がずっと苦しんできたことは、世間から信頼されない、ということではないでしょうか?荒野時代において、正しいことのために歩んでいるのに、世間から誤解と偏見の目で見られてきた、ということがありました。1955年の「梨花女子大学事件」などはその代表的な例だと思います。
しかし一方で、自分たちがやってきたことの故に信頼を失ったことも多かったですし、実際に「本音と建て前」を使い分けて歩んできたことが、不信感につながったことも多かったのではないでしょうか?「そんなことはない」と反論される方は、統一運動においてどれだけ表に出せない話が多いかを考えてみてください。
家庭連合の宋龍天総会長が出した方針の一つに「社会的イメージの転換」というものがあります。そのために広報渉外局が一生懸命に努力をしているようです。しかし本質的には「本音と建て前」の問題が解決されない限り、本当の意味で社会の信頼を得ることはできないでしょう。
顯進様が教育されたコア・バリューによって文化の一貫性をなし、カイン圏からの信頼性を維持するというのは、「本音と建て前」問題に対する根本的解決策の提示だと私は思います。
統一運動がいかなる運動か、ということは、コア・バリューを見てもらえば分かるし、そのコア・バリューの如くに歩んでいるその実体を見てもらえばさらに分かる、という話です。
荒野時代は、「宗教」を立てて歩まざるを得ない時代でした。故に宗教団体としてのロジック(例えば、信徒数の拡大)が常に本音として存在する中で、建て前としての「超宗教」、「世界平和」を掲げて歩んでいました。「如何なる時にも教会や教派の発展が目的にはなり得ない」という信念はお父様が統一教会創立時から強調されたことでしたが、残念ながら実際に統一教会が発展する過程では、常にこの文化の葛藤が存在しました。特にお父様がご高齢になられてからは、主導権が幹部によって握られたこともあり、統一教会という一個の宗教団体の利益が優先される否定的な文化が勝つことが多くなってしまいました。
統一運動は、第一に「より大きな善のために生きる」ことで、教団の発展ではなく、純粋に国家と世界の平和と発展のために存在するということです。そのような観点から見れば、伝道活動において第一義は、地域社会、国家、世界の平和と発展のために立ち上がる人を作るということであり、教団に対して従順に所属する人を作ることではないはずです。また渉外活動において第一義は、教団の味方になってもらうことや、著名人が参加することで大会に箔をつけることではなく、お互いに主人として協力することで、共通のビジョンを成し遂げることであるはずです。
第二に、統一運動は、神の下の人類一家族世界というビジョンに主人意識をもち、誰よりも自己を犠牲にして投入する人々の運動であるはずです。第三に、教団や組織の枠を越えて他の多くの個人や団体を尊敬し尊重しながらチームワークを形成しなければなりません。世界平和のために、私たち以外の宗教や団体が貢献し活躍することは、素晴らしいことです。共に成していかなければなりません。第四に、One Family under Godという夢は神様の夢であり、人類共通の夢です。決して統一教会が世界で一番の宗教になるというような狭い夢ではありません。
このようなコア・バリューによる一貫性を確立し、その実体となって歩んでいくならば、世の中の人々と正しいコミュニケーションが確立され、信頼性を築き、維持していくことができるはずだということです。
私の理解はまだ拙いものだと思いますが、それでも統一運動が大きく方向転換する希望を見出すことができます。
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≪顯進様のみ言抜粋≫
私は、コア・メンバーに与える効果についてだけ話しているのではありません。カイン圏に対してまでも、与える効果について話をしているのです。・・・(中略)
このように、世界は混沌となり、危険な状態になっています。この危険と混乱は、冷戦時代よりもっと現実的なものになりました。
ですから、世界は、それぞれ違った伝統を持ったグループに実体的変化をもたらすことができるリーダーシップを、どれほど必要としているでしょうか。それは、ただ宗教家や宗教指導者のための、宗教的次元の解決策ではないのです。特定の政治団体や政治家のための、政治的な解決策でもありません。そして、特定民族や氏族のための解決策でもないのです。コア・バリューは普遍的なものでなければなりません。これは否定的な文化から派生した、あらうる葛藤と憎悪など、すべての否定的なものを根本的に除去するものです。コア・バリューを実体化したリーダーシップこそ、最も普遍的な解決策であり、すべての人々が共感できるものなのです。
(『神様の夢の実現』207~208ページ)
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顯進様が2003年にW-CARPの国際教育カンファレンス(IEC)の閉会式で語られたみ言の抜粋です。(2回目)
統一原理は、普遍的な原理であるにも関わらず、私たちはこれを統一教会の教義として狭めて理解してきたために、伝道活動において多くの人々(伝道対象者)が拒否反応を示すのを見てきました。
私の経験上、多くの場合、その拒否反応は「人類一家族世界」とか「ために生きる」というような統一原理が示す中心的価値観に対してではなく、細かい部分に対してであったり、あるいは、統一教会という特殊な宗教に帰依させようとするような意図を感じた場合に現れていました。
日本人の場合、「神様」に拒否反応を示す方もいますが、一方でマザーテレサやキング牧師、ガンジーといった方々が神様を信じていることに対して、「怪しい」とか「カルトだ」などと感じる方は少ないのではないでしょうか。それはそういった聖人とか偉人とか言われる方々が目指した目的や価値観が正に普遍的なものだったからではないでしょうか?
キング牧師の運動に参加した多くの人々は、細かな教義がどうだこうだということを理解したのではなく、自己を犠牲にしてでも自由と平等、平和を目指す姿に心情を揺さぶられたために、参加したに違いありません。
当然のことながら、お父様の生涯の目的と歩みは、マザーテレサやキング牧師、ガンジーといった方々に劣るものではないと、私は思います。それにも関わらず、私たちはなぜ、お父様の生涯と原理を伝えるときに、こんなにも心情を動かすことができないものとして伝えてしまっているのでしょうか?
原理の中で最も重要なことは何でしょうか?原理をどのような文脈の中で伝えるべきなのでしょうか?お父様が原理を解明されるようになった動機は何でしょうか?それは多くの人々が心情から共感できるものであるはずではないのでしょうか?
私たちはこの部分を理解することができず、統一原理を統一教会の教義として狭めて理解し、統一教会という宗教団体の教勢を拡大するため信徒獲得の説得材料としてのみ用いてきたために、多くの拒否反応を見てきました。
コア・バリューのレンズを通して、私たちは正しく原理をみつめ、正しく実践し、宗教を超え民族を超え、国を探して人類一家族に向かう道を見出すことができると思います。
お父様の自叙伝『平和を愛する世界人として』より引用します。
---- 引用開始 ----
(14ページ)私は生涯一つのことだけを考えて生きてきました。戦争と争いがなく世界中の人たちが愛を分かち合う世界、一言で言えば、平和な世界をつくることが私の幼い頃からの夢でした。
(16ページ)物心がついて以来、今に至るまでの私の人生のテーマはただ一つ、世界が一つになって平和に暮らすことです。他のことは眼中にありません。昼夜を問わず平和のために生きることは容易ではありませんが、ただひたすらその仕事をする時、私は幸福でした。
(19ページ)私はその希望の紐をつかんで放さず、生涯、平和を夢見て生きてきました。私の願いは、世の中を幾重にも囲んできた塀と垣根をきれいさっぱり壊して、一つになる世の中をつくることです。宗教の塀を壊し、人種の垣根を取っ払い、富む者と貧しい者の格差を埋めた後、太古に神様がつくられた平和な世の中を復元するのです。
---- 引用終了 ----
このようにお父様が生涯追いかけた夢は、全人類の良心が共鳴できるものであったはずです。
コア・バリューの詳細な実践項目の一番最初に、Align(アライン)という項目があります。「私は、神様のビジョンと価値、目的にアラインする」というものです。今まで私たちが統一原理やお父様の生涯を見つめる観点は、神様のビジョンと価値、目的に対するアラインメントがずれた状態だったと言えるだろうと思います。
「独生女」理論も、「二代王」の強調も、この点で外れていて、全人類の良心が共鳴できるものではありません。
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